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記者会見を終え、一平が映画関係者の休憩用に用意されたラウンジルームに入ると、飛鳥ひろみが立ったまま親しみを込めた笑顔で迎えてくれた。
「ご無沙汰してました、ひろみさん」
営業用のくだけた口調と違って、本来一平は礼儀正しい。業界の先輩であるひろみに対しても最大限の敬意を忘れなかった。
「ホントよ。全然連絡くれないんだもん」
飛鳥ひろみが帰国して以来、顔を合わせたのは先ほどの記者発表が初めてだったのだ。
他の関係者たちは、二人に気を遣うように遠巻きにして近付かず、一平とひろみは二人きりで白ワインのグラスを手に顔を突き合わせた。
「横断幕…見てくれてたんですね?」
誰にも聞こえない小さな声で一平が囁いた。
「見たわよ。同乗していた刑事さんが、『なんだあれ?』って…私、恥ずかしくって」
そう言って、ひろみが昔を懐かしむように微笑んだ。
「香港から戻ったら、一平君が大スターになってるんだもん。あの時はびっくりしたわよ」
「大スターはひろみさんです。言ったでしょ?飛鳥ひろみは必ず銀幕の女王になるって…」
ひろみが含み笑いをした。
「逮捕された時には想像も付かないことだったわね。私の人生、もう終わってしまったって思ったもの。もしもあの時、護送車から一平君を見掛けなかったら…だから、一平君に対する感謝の気持ちは本心なの」
「僕だって、ひろみさんが初体験の相手をしてくれなかったら、きっと違った人生になったでしょうね。芸人ですらなかったでしょう。案外、今回の映画で村田さんの下でカチンコを打ってたかもしれません」
一平は、さらにひろみの耳元に唇を近づけた。
「どうでしょう?あの時代を思い出しながら、もう一度エッチしてみませんか?」
ひろみがワインを噴き出しそうになる。
「もう!純情だった一平君もずいぶんと中年オヤジになったものね。若い彼女が何人もいるくせに!」
「今、一番旬なアイドルが束になってかかっても、ひろみ姉さんの魅力の前に膝まづきます」
「ふふ…私なんかより、主役の藤代はるかちゃんを誘いなさいな。ちょっとトロそうだけど、素直でいい子じゃない。スキャンダルも映画の宣伝のひとつよ」
「うう…やっぱり、ひろみさんはダメですか?」
一平が大げさに嘆いて見せた。
「ダメ!一平君とはあの時限りと決めてるの。でも…また私がヤバい状況に陥ったら、その時にはお願いするかもしれないわ。一平君は、私のお助けマンなんだから」
一平も苦笑せざるを得なかった。
「わかりました。その時にはまた、横断幕を持って駆け付けます。じゃあ、次は映画の撮影で…」
「うん…いい映画にしようね」
「はい!役に成り切ってみせます。そして、クランクアップまでには絶対にひろみさんとエッチを…」
「くどい!」
「すみません」
二人は笑って、もう一度ワイングラスを合わせると、別々の道を帰って行った。

西麻布の一平のマンションは、築25年の年季物。事務所は六本木ヒルズにでも部屋を用意すると言ってくれているが、一平はこの古ぼけたマンションがけっこう気に入っていたのだ。
大型液晶モニターを前に、一平は一人で山崎12年のハイボールを楽しみながら、音の無い映像を眺めていた。
「おお!やっぱり、ひろみ姉さん若いわ!ん?オレも若いか」
一平がニヤニヤして眺めているのは、マスコミが八方手を尽くして探し回っている『赤い欲望の女』のラッシュ版をDVD化したものだった。一平が芸人として売れ始めた頃、当時、東活映画資料館の館長を勤めていた狛江清豪に頼み込み、お蔵入りになっていたフィルムを譲り受けて一平が密かに保管し、DVDにコピーしていたのだ。
もちろん音声も無い未編集のフィルムだったが、そこには輝ける肉体を持った飛鳥ひろみと、慣れない演技で懸命にひろみに縋り付く若き日の川添一平の姿が記録されていた。
『たまよ!』
『…あなた』
音声が無くったって、一平の脳裡には、あの時のすべての声が刻み込まれている。熱い口づけ。それを見て思わず照れ、少しだけ欲情した。
(つづく)

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2011.10.28 Fri l 燃えろ一平!幻のデビュー編 l コメント (0) l top