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警視庁本部の車両搬入口。カメラを首にぶら下げてタバコをふかしたり脚立に腰掛けたりしているのはマスコミ関係者だろうか。数台のテレビカメラも来ている。その他に野次馬のような一団が、興味深そうに立ち止まっていて、とりあえず、ひろみはまだ警視庁内にいるようだ。
一平はホッとすると同時に激しい疲れを感じて、ピンクの布を握り締めたまま、その場にしゃがみこんでしまった。

ひろみを乗せた車は、一向に出てくる気配が無かった。
日が傾いて気温が下がり、9月も下旬だというのに、Tシャツにジーンズという真夏みたいな軽装の一平は、うずくまったまま震えていた。
それでも一平は、ここでひろみを見送るのが自分の義務だと思った。ひろみが有罪なのか、そうでないのかなんて自分にはわからない。ただ、若き自分が情熱を注いだ一人のポルノ女優をここで見送らねばならないと思ったのだ。ラブホテルからの帰り道、なんとかひろみを支えたいと思ったではないか。
もしかしたら、今日が自分の青春に別れを告げる日になるのかもしれない。そして自分もひろみも大人になるのだ。
(もう一度、いつか必ずひろみさんと一緒に仕事をするんだ)
それが一平の、新たな人生の目標になっていた。一平は、しゃがみこんで寒さに震えながらも、心は熱く燃えていた。

「おい!来たぞ!」
誰かの叫びに、待ちくたびれたマスコミ連中が一斉に動いた。
カメラマンたちが通用口の両脇に陣取ってカメラを構え、レポーターたちがマイクに向かって、なにごとか叫んでいる。
そこに一平が入って行く余地は無く、はじめから護送車が左折すると読んで、歩道ギリギリに立って車を待つことに決めていた。
現れたのは黒塗りのワゴン車。夕暮れの薄闇の中、車に向かって無数のシャッターが切られ、ワゴン車がクラクションを鳴らしながら制服の警察官の誘導で歩道を突っ切り、予想通り左折すると、一平の立つ、まさに目の前に差し掛かった。
一平は手にしたピンクの布を広げると、護送車に向けて頭上に掲げた。
それにはグリーンやブルーの蛍光ペンで、『僕らの心と体のアイドル飛鳥ひろみ』と拙い字で書かれていた。学生時代、飛鳥ひろみの舞台挨拶の時に用意した横断幕。それを見たひろみが、舞台からニコやかに手を振ってくれた思い出深い布ギレだ。
ワゴン車の運転手がチラッと一平の方を見たが、後部座席の窓には、全面に黒いフィルムが貼られていて、中は全く伺えない。
ワゴン車はアッという間に通り過ぎて行ったが、一平は懸命に横断幕を車のテールランプに向けて捧げ続けた。ひろみが横断幕を見てくれたかどうかなんてどうでもいいことのように思われた。
月並みな言葉だが、青春が終わったと思った。

ワゴン車が見えなくなり、ようやく一平が横断幕を下ろした時、報道陣が駆け寄ってきた。
「すみません、飛鳥ひろみのファンの方ですか?」
「は、はい、そうですけど…」
それまで一平のことなんて全く無視していた連中。数台のテレビカメラを向けられ、一平は臆した。
「今回の事件について、どう思われます?」
「…事件についてはよくわかりません。でも…飛鳥ひろみはきっと戻ってきてくれると信じています」
つっかえながらなんとか答えた。
「戻って来るというのは、芸能界にカムバックするってこと?」
「はい、必ず映画界に帰ってきます。飛鳥ひろみは映画のために生まれて来た映画の精なんです。僕はそれを信じて待つだけです」
徐々に落ち着きを取り戻し、一平は毅然と答えた。
インタビュアーが『ほほ~』っと、バカにしたような表情を浮かべた。
「ところで、あなた職業は?どんなお仕事してるの?」
一平はテレビカメラの方をキッと見つめるとキッパリと答えた。
「俳優です」
(つづく)

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2011.10.24 Mon l 燃えろ一平!幻のデビュー編 l コメント (0) l top

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