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かつての日本映画界では、助監督で修行を積むことが映画監督への唯一の道であったが、近年はアマチュア映画やテレビ演出家などから直接、商業映画の監督に転進する例が多く、助監督は徐々に専門職化して行く。
チーフの下にセカンド助監督がいるが、実際に監督の下で撮影に携わるのがこのセカンドで、あまり重要でないシーンやエキストラの演出などはセカンドが指示を出すこともある。
一平に声を掛けた村田蔵六がこのセカンド助監督で、その下にサード助監督がいて、さらにその下が一平だった。
現場に慣れない新人がまず与えられるのがカチンコ打ちと呼ばれる仕事で、シーンナンバーを書いたカチンコをカメラが撮影し、カチンコが打ち鳴らされる瞬間から演技が始まる。音声もカチンコの音を合図に合わせられるから、けっこう重要な仕事でもあり、始めはタイミングがつかめずに怒鳴られ通しだったが、それでも徐々にコツを得て行った。
俳優やスタッフの時間調整や、大道具部、小道具部との連絡役など、こまごまとした仕事が多くて目の回るような忙しさ。撮影は連日深夜にまでに及んだが、それでも一平は充実した毎日を過ごしていた。
どんなに大変でも好きな仕事をしているのだ。
一平は映画の仕事に携われることを村田と神様に感謝した。
村田が言った一平評、『意外と気が利いてコマ鼠のように働く』は、一平の性格をよくあらわしていたし、上司とすれば使い勝手の良い道具でもあった。

映画のタイトルは、『赤い愛欲の女』という原作付の作品で、ロマンポルノとしては大作の部類に入るかもしれない。
もっとも製作費はたいしたことがないので、ほとんどがスタジオ内でのセットによる撮影だが、調布にある専用の撮影所を使えることにより製作費を抑えられることが、東活ロマンポルノの大きな強みであった。
監督は大原銀次郎。東活アクション時代からメガホンを取るベテランで、石原裕次郎や渡哲也主演の映画を数多く手掛けた。通称『早撮り銀さん』。どんなにタイトなスケジュールでも、きっちりと締め切りに間に合わせ、そこそこの作品に仕上げる職人芸。ただ、学生時代から大原作品を見てきた一平からすれば、彼の作品は妙に暗くて躍動感に乏しく、あまり好きな監督ではなかった。
しかし、初老とも言える年齢ながら長身でスリム、いつもテンガロンハットにレイバンのサングラスを掛けた姿は、なんとも貫禄がありカッコよかった。

映画の内容は、戦時中に中国に送られた従軍慰安婦と日本軍将校との恋愛という少し重い内容の映画だったが、映画の内容のことまで考えるのは監督と脚本家とプロデューサーぐらいのもの。現場の人間たちは、台本とチーフ助監督が作った香盤表(スケジュール表)に従い、ただ忠実に撮影を進めて行くだけだ。
まさに歯車に徹するわけだが、同じ歯車でも食品会社の営業と違って、好きな仕事をやっているという充実感が一平を高揚させた。

一平が助監督に付いて初めての撮影は、日本の農村から娼婦として遠く中国大陸に売られて来た若い女性たちが、関東軍将校たちの前に素っ裸で引き出され品定めされるというシーンだった。
台本を読んだ時、なんともひどい設定だと一平は嫌な気持ちになったが、もちろんそんなことを顔に出せる立場ではない。だいたい日本の軍人を非人道的に描くのは当時のトレンドだったのだ。
まあそんなことより、撮影初体験の日に、目の前に10人もの若い女性の全裸が展開されることの方が一平にとっては一大事だった。
スタジオに組まれたのは満州・奉天にある日本料亭の畳敷きの大広間という設定。酒に酔った軍人たちが裸の女たちをからかったり嘲笑ったりしながら、やがて気に入った女の手を無理やり引っ張っては三々五々別室へと消えて行く…という暗いシーンなのだが、リハーサルに臨む10人の女優たちには、まったく屈託が無かった。
リハが始まるまでは全裸にバスタオルだけを体に巻いて、ワイワイガヤガヤ銭湯の脱衣場のノリで賑やかだ。
「おい、一平!そろそろカメリハいくぞ!」
セカンドの村田の声が飛んだ。
「あ、はい!それでは皆さん、その…タオルを…」
「あらら、このお兄さん、赤くなっちゃってるよ。女の裸見るの初めてかしら?」
「ホントだ。新人さんね?カワイイ」
「イ、イヤ~そんな…」
「こら一平!早くやれ!」
村田の怒声に、一平の指示より早く女優陣がパッパと気前よくタオルを取り払った。
(つづく)

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2011.09.25 Sun l 燃えろ一平!幻のデビュー編 l コメント (0) l top

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