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給料の安い一平としては、この時とばかりに食いだめをし、酒を飲んでは適度に酔っ払ってモノマネでみんなを笑わせた。
ある日、プロデューサーの狛江のモノマネを初公開してみた。
「いいか、オレが一声掛けたら裕次郎でも小林旭でも飛んで駆け付けて来るんだからな。ジジイだと思って見くびるなよ!」
「オレもいろんな女優と浮き名を流したが、さすがに吉永小百合には手が出せなかったな。おでこにキスするだけにしておいたよ」
いつもの若いスタッフを相手の狛江の大ボラ(?)をデフォルメして演じる一平の芸にヤンヤの喝采だったが、そのうちみんなうつむいての含み笑いに変わった。慌てて振り向くと当の狛江清豪が目を怒らせて立っていた。今日は来ないものだと思っていたのに…
「あっ、狛江さん…」
「おめえ、ふざけた真似してくれるじゃねえか!」
小柄な狛江にベッドロックを掛けられたが、もちろん狛江が本気じゃないことはみんなわかっていたから爆笑の渦になった。
その後、狛江に命じられて、一平はすべての持ちネタをやらされるハメになり、その頃には狛江は腹を抱えて笑っていた。

早朝から深夜までの撮影で、一平は自分のアパートに帰るのが面倒になり、スタジオに寝泊まりするようになった。
なにせ撮影所にはシャワーもあればベッドもあり、さらに食事にありつくことも出来た。まさに一平に取っては夢の空間だったのだ。
ひろみの撮影があった夜も、例の如く若手スタッフで食堂で飲み会に興じていたのだが、そこに珍しく監督の大原銀次郎が通り掛かった。
「監督!一杯どうですか?」
セカンド助監督の村田が声を掛けると、『そうだなあ』と言いながら、イスに腰掛けた。
60歳に近い年齢ながら長身で姿勢がよく、白髪混じりの髪を長く伸ばしていて、夜でもサングラスを外さないダンディーぶり。
監督が加わったことで、いつになくおとなしい飲み会になってしまったが、それでも若いスタッフが順に大原にお酌したりしながら和やかに座は進んだ。
一平が、『監督、お疲れさまです!』と、ビールを注ぐと、
「おお一平!仕事はどうだ?」
と、特徴のあるダミ声で聞いてくれた。
「あ、はい。毎日楽しいです!」
「楽しいか…いいねえ、若いのは」
昔を懐かしむような暖かい目になった大原に、一平が気になっていたことを思い切って聞いてみたのは酔いの勢いもあったのだろう。
「監督、今日の飛鳥ひろみさん、なんだか熱意が無かったですね」
座が凍り付き、村田が目で制しようとしたが、気持ちよく酔っ払っていた一平には届かなかった。
「ひろみさんも若い頃はもっと一生懸命って言うか健気さがあったと思うんですけど、どうしちゃったんでしょう?なんか、やっつけ仕事で…」
その瞬間、ガキッと音がして、一平はアゴに衝撃を感じ、気付かないうちにイスから転げ落ちていた。
「ふざけるな!若造が聞いたような口きくんじゃねえ!」
大原の剣幕に、一平はただあたふたするだけ。尻もちをつきながら、やっとのことで、『す、すみません…』と謝るのが精一杯だった。
村田が慌てて中に入ってくれた。
「すいません監督!このバカ、いまだに映画少年のつもりなんです。自分がよく言い聞かせますから、今日のところは勘弁してやってください!」
やや落ち着きを取り戻した大原は、一平を殴ったことを恥じるようにサングラスを掛けなおすと、『帰る』と一言告げて出口へと向かった。
「お疲れさまです」
スタッフのさざ波のような挨拶が大原を送った。
(つづく)

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2011.10.01 Sat l 燃えろ一平!幻のデビュー編 l コメント (0) l top

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